『夢酔独言』─勝夢酔
東京に住んでいた時分、「江戸」に興味を持った事がある。
何しろ至る所、近所のそこここに書物の中の地名がある。そして書かれている情景とは、当たり前の事だが、すっかり変わってしまっている。その違いを感じる
のも面白いもので、かなり歴史史料を漁った。
殆どが漢文で書かれている。これには手を焼いた。中には木版のものもあった。手を焼いたどころではなかった。日本語で書かれているのに読めないのだ。仮
名すら読めない。何やら面妖な文字が連綿と書かれている。現在に伝わる仮名は数が限られているが、かつては様々な漢字から数種類の仮名が作られ使われてい
た。変体仮名と言う。同じ読みだったらひとつの文字に決めてしまえば良い。現在の目からはそう見える。日本はそれを選ばなかった。時々に合わせて、または
文字の座りの良さや、連綿の都合から様々な文字を選んでいた。
漢字も今の様に文部省に管理されていた訳ではない。結構自由に使っている。こうでなくっちゃと、この自由さには憧れるが、正直言って読みにくい。
『夢酔独言』は高校時代入手した。そう言えば、その頃にもちょっと歴史にこだわった時期があった。だが、熱中して読んだのは「江戸」に深入りしてから だった。
勝夢酔。この名前から人物の素性が分かるのは、歴史に詳しい方だ。正式な名である勝左衛門太郎惟寅では更に分かるまい。夢酔は勝小吉の雅号だ。幼名は亀 松。亀松でも勝小吉でも分からなければ、勝海舟の父親だと言えば分かってもらえるだろう。この親子、『親子鷹』という小説にもなっている。書きたくなる気 持ちは十分に理解出来る。痛快な親子だ。
旗本。だが、ちっとも武張っていない。
勝小吉は無闇矢鱈と喧嘩に強かったらしい。その時代の江戸で、知らないのは潜りだと言われた。江戸評判の喧嘩名人。さぞや粋な喧嘩の仕方をしたのだろ う。
本人は少し反省もしていたらしい。
『夢酔独言』は(「まえがき」部分はあるが)こう書き始められている。
おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもふ。故に孫やひこのために、はなしてきかせるが、能々不法もの、馬鹿者のいましめにするがいゝぜ。
この調子で最後迄続く。
同じ様な口調の勝海舟『氷川清話』は話し言葉をそのまま筆記したらしいが、『夢酔独言』は最初から文字で書かれている。
それでもこの調子だ。
書かれている内容がまた破天荒だ。
読むと痛快で楽しめるが、実の父親がこうだったら迷惑千万だ。勝海舟はどう思っていたのだろう?息子も息子なので親譲りと諦めていたのだろうか?
殆ど文盲同然だったらしい。
江戸有数の剣客ないしはあばれ者。本所・下谷から浅草・吉原にかけての顔役、同時に露天商の親分で刀剣ブローカー鑑定(めきき)屋、祈祷師などを歴任した
挙げ句、天保の改革の折に不良旗本として隠居謹慎を仰せつかって覚悟した。
文字を習い、自らの生涯を省みてこの書を記した。
お蔭でわたしたちは平凡な(?)旗本の肉声を本の中に聴く事が出来る。
歴史史料を漁っていて、これ程楽しめた史料は他にない。
平凡社の東洋文庫から出されていた。今もあるのだろうか?東洋文庫だから入手は可能だと思う。一読をお勧めする。
気はながく こころはひろく いろうすく
つとめはかたく 身をばもつべし
外に
まなべただ ゆふべになろふみちのべの
露のいのちの あすきゆるとも
冒頭にらしくないうたが添えられている。
らしくないが、心構えはここにあったのだろう。
いつ死んでも良い。そう思いながら生きた武人だったのだと思う。ある意味、宮本武蔵より死への覚悟が出来ていた。
器の大きな人物だ。
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